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仙台高等裁判所 昭和44年(ネ)498号 判決 1971年2月04日

控訴人 岡野典子 外一名

被控訴人 株式会社角弘

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人岡野典子に対し金一五〇万円、控訴人岡野弘美に対し金二五〇万円および右各金員に対する昭和四二年一二月六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示と同じであるから、ここにこれを引用する。

控訴人ら代理人は、

一、被控訴人の本案前の抗弁に対し、被控訴人は、控訴人らの第一審訴訟代理人祝部啓一の本件損害賠償請求訴訟の受任行為が弁護士法二五条一、二号に牴触する理由として、倉内孝雄に対する業務上過失致死被告事件と本件とは、形式的には同一事件ということはできず、また、本件において倉内を相手方としていないとしても、基礎たる事実を同じくするから、結局、右法条に違反すると主張するが、右刑事事件と本件とは、ともに同一の交通事故をめぐる事件であるとはいえ、前者は刑罰権の主体である国家とその客体である犯人との関係を規律するのが目的であるのに対し、後者は民事事件として個人対個人間の利害の調整を目的とするものであるから、両者は同一事件と目することができないことはいうまでもなく、また、弁護士法二五条一、二号によつて、弁護士がひとたび一方当事者から協議を受けて賛助し、またはその依頼を承諾した事件およびその程度と方法が信頼関係に基づくものと認められる協議を受けた事件について、他方当事者から依頼を受けてその事件に関与することができないとする理由は、弁護士が依頼を受ける多くの事件は争訟事件であり、そこには利害の相対立した双方当事者の存在が予定されるためであるところ、刑事事件においては利害の対立する双方当事者なるものは存在しないから、刑事事件において被告人(加害者)の協議を受けて受任した弁護士が、民事事件において右刑事事件の被害者の代理人となつたからとて、直ちに刑事事件において被告人であつた者を不利に陥いれ、あるいは弁護士に対する信用に多大の疑問を持たせ、ひいてはその品位を失墜せしめるおそれがあるということは考えられない。まして本件の場合、祝部弁護士が前記刑事事件において協議を受けて受任したのは右倉内からであり、被控訴会社から訴訟委任を受けたことも、信頼関係に基づいて協議を受けたこともなく、被控訴会社はたかだか右倉内の使用者であつたというにすぎないのであるから、被控訴人の前記抗弁は失当である。

二、被控訴会社は、自己のために倉内所有の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運行の用に供していたものである。

すなわち、倉内は、本件事故当時、被控訴会社の浅虫給油所ならびに八重田給油所の所長を兼任しており、その日常の業務は、給油所の一日の売上・入金伝票のチエツク、利益計算、営業実績の検討、売上目標の設定、集金、本社との業務連絡等であり、さらに所長として両給油所の業務全般を統轄管理する職にあつて、その職務を遂行するにあたつては自動車の利用が不可欠であつた。しかるに本件事故当時、自動車は、浅虫給油所に小型貨物自動車一台のみが配備されていただけであつたから、右自動車は、灯油等の得意先への配達や集金に他の従業員が利用するため、倉内はこれを利用できず、専ら被告車を使用して前記業務に従事していたのである。

ところで、倉内は、被告車を購入したのが昭和四二年七月であり、その後本件事故まで約六か月もの間、毎日通勤および前記職務執行のためこれを使用していたのであり、しかもその間、被告車を運転して本社での営業会議や業務連絡に何回も行つているし、また、直接の上司であつた被控訴会社金物燃料部長藤田武雄も、浅虫給油所に何回か来て同給油所の設備関係について監査しているのであるから、被控訴会社は、倉内の被告車使用の事実を知悉し、これを黙認または放任していたことは明らかである。

従つて、被控訴会社は、被告者の運行による危険性を黙認または許容して放任し、倉内がその職務執行のため被告車を運行することによつて、その運行利益をも享受していたのであり、その利益享受と表裏をなす運行の範囲において事故が起こらぬよう被告車および運転手である倉内に対し十分管理監督を尽くすべき義務があり、また監督しうる支配権能があるというべきであるから、被控訴会社は倉内とともに、倉内の出勤日の限度において、被告車を自己のために運行の用に供している者というべきである。

三、本件事故は、倉内が被控訴会社の業務を執行するにつき生じたものである。

すなわち、本件事故当日、倉内は浅虫給油所所長として、結婚のため一二月末で退職する部下の長谷川邑に事務引継ぎのための残業を依頼し、伝票、帳簿の整理等を行なわせたのであるが、それが終つたのは午後一〇時ころであり、寒さも厳しい一二月で折から雨も降つていたこと、同女が結婚を控えた女子であること等を考え、所長としての責任から被告車を運転して同女を自宅まで送り届けたものである。従つて、右行為は、被控訴会社の業務そのものであり、あるいは業務と密接な関連を有する行為であるから、その帰途に惹起した本件事故は、「業務の執行につき」生じた事故であることは明らかである。そして、右の業務執行性は、たとえ倉内が、「残業して遅くなつた社員がバス・国鉄等の交通機関を利用して帰宅することができなくなつた時は、ハイヤーで帰宅することを許容し、その代金は被控訴会社で負担する。」旨の被控訴会社の就業規則や女子を夜間遅くまで残業させてはならない旨の労働基準法にそれぞれ違反し、また、当日、倉内が宿直であつたのに一時給油所を留守にすることによつて、職場を放棄したとみられるとしても、それ故に直ちに失われるものではない。

と述べた。立証<省略>

被控訴代理人は、

一、本案前の抗弁に付加して、弁護士祝部啓一が控訴人らから本件損害賠償請求訴訟の委任を受ける行為は、弁護士法二五条一号または二号に違反し、同弁護士が控訴人らの代理人としてなした本訴提起行為は無効である。もし本件のように、加害者たる倉内の刑事事件につきその弁護人となつた者が、適法に被害者の相続人たる控訴人らの損害賠償請求事件につきその訴訟代理人となることが許されるとするならば、刑事事件の弁護人が被告人から聴取した秘密事項を逆用し、その刑事事件確定後、被害者の依頼を受け、被告人に対し、損害賠償請求の訴を提起しうることをも是認しなければならないはずであるが、かかることは、弁護士が職務上知りえた秘密を保持する義務(弁護士法二三条)に違反することとなり許されないことは明白である。従つて、控訴人らの代理人たる祝部弁護士によつてなされた本訴提起行為は無効であり、その瑕疵は補正することができないものであるから、当審において、新たに委任された訴訟代理人が、右無効な訴訟行為を追認しても有効とはならない。

二、控訴人らの前記二の主張事実に対し、倉内が被控訴会社の浅虫給油所ならびに八重田給油所の所長を兼任していたことは認めるが、その職務遂行上、自動車利用が不可欠であつた旨の主張は争う。集金等のための得意先廻りは、主として給油所所員の仕事であり、当時倉内は、青森市大字沖舘字千苅二四二の四一に居住していたのであるから、本社との業務連絡等は、出勤の途中または帰宅の途中、本社に立ち寄つてこれをすることができ、わざわざ油給所から自動車を利用して本社へ赴きこれをする必要がなく、また、八重田給油所は、青森・浅虫間のバス路線沿いにあるので、同給油所には、浅虫給油所へ行く途中または浅虫給油所から帰る途中立ち寄り、同給油所の事務を執ることが可能なのであるから、両給油所の所長を兼任していたからとてことさら両給油所間を往来する必要がなく、従つて、そのための自動車を必要とするものではない。のみならず、青森・浅虫間は一五分または二〇分毎に一台のバスが運行されており、倉内はこのバスを利用することによつて、その職務の遂行に不便をきたすことはなかつたものである。

なお、控訴人らは、浅虫給油所にのみ小型貨物自動車が配備されていて八重田給油所には配備されていなかつた旨主張するが、浅虫、八重田の各給油所ともそれぞれ小型貨物自動車一台が配備されていた。

三、控訴人らの前記三の主張事実に対し、

1  かりに倉内が午後一〇時ころ、それまで残業していた長谷川を被告車で送り届けたものであるとしても、右は社員の通勤途上の事故と同視すべきであるから、被控訴会社の業務の執行に関するものではない。

2  かりに社員の通勤も会社の業務の執行に関するものであるとしても、それは通常な出勤または退勤時における通勤に限定されるべく、本件のように、倉内が上司として、女子を午後一〇時ころまで残業せしめるという労働基準法違反をあえてなし、かつ、当夜は当直であつたのに職場を一時放棄してこれをなした場合にまで、右業務の執行性を拡張すべきではない。

のみならず、夜間遅くまで残業した者が、バス等の大衆交通機関を利用できないときは、会社の負担によるハイヤーを利用して帰宅することが許されることは、たとえそのような内規が被控訴会社に存在することを知らなかつたとしても、常識上判明するばかりでなく、倉内は所長として、その裁量により長谷川をハイヤーで帰宅させることができたのであるから、この方法によらない倉内の行為をもつて、被控訴会社の業務または業務と密接な関連を有する行為であるとみることはできない。

と述べた。立証<省略>

理由

一、被控訴人は、本案前の抗弁として、控訴人らの第一審訴訟代理人祝部啓一弁護士の本件訴訟の受任行為は、弁護士法二五条一号、二号に違反する旨主張するのであるが、当裁判所も、次のとおり付加するほかは、原判決の説示と同じ理由によつて、右主張は理由がないものと認めるから、原判決の理由中当該部分(原判決理由欄二項)をここに引用する。

弁護士法二五条二号において、弁護士が相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度および方法が信頼関係に基づくものと認められるものについて、その職務を行なつてはならないと規定しているゆえんは、結局、同条一号の場合と同じであると解されるから、右一号違反の主張について判断したことと同じ理由によつて、控訴人らの原審訴訟代理人の本件受任行為は、右二号にも違反するとはいえない。

なお、被控訴人は、当審においても、後記認定の本件交通事故における加害者たる訴外倉内の刑事事件の弁護人となつた祝部弁護士が、右交通事故の被害者の相続人たる控訴人らの訴訟代理人となることは許されない旨主張するので付言するに、

いうまでもなく刑事事件は、刑罰権の主体たる国家が犯人たる被告人に対し刑罰権を行使するものであり、専ら国家対被告人との関係であつて、被告人と利害の相反する当該事件の被害者との関係の規律(利害の調整)を目的とするものではなく、それは民事事件の領域に属するものであるから、右刑事事件と民事事件たる右被害者から被告人に対する損害賠償請求事件がともに同一の交通事故をめぐる事件であつても、両事件が同一事件であると目することはできない。従つて刑事事件の弁護人が、当該事件の被害者からその被告人を相手方とする事件について訴訟委任を受けても、単に刑事事件の弁護人に選任されていることをもつてしては当然に、弁護士法二五条一号、二号に違反するものではない。けだし、両事件が同一事件と目することができない以上、右刑事事件の被告人が右民事事件の相手方であることをもつて、右刑事事件の弁護人が当然に、右民事事件につき「相手方(刑事事件の被告人)の協議を受けて賛助し」または「依頼を承諾した」り(同条一号)あるいは右被告人の信頼関係に基づき「協議を受けた」(同条二号)ことにはならないからである。

(もつとも、当該弁護士の刑事事件における事情聴取や依頼者(被告人)に対する教示の範囲、程度、方法等によつて同条一号前段の「賛助し」に、あるいは二号の「協議を受けた」と同視しうる場合のあることおよび右刑事事件の係属中、被告人が当該事件の加害者であることを原因として、その被告人に対し損害賠償請求等の訴を提起することが同条三号の趣旨にてらし問題となることは、おのずから別問題である。)。しかるに本件は、そもそも被告人たる倉内に対する訴訟ではないばかりか、同人の使用者であつた被控訴会社を相手どり、その雇傭関係の存在を契機としていわゆる使用者責任(運行供用者責任を含めて)を問うものであつて、倉内に対する場合と全くその請求原因を異にするものであるから、祝部弁護士が倉内の刑事事件の弁護人であつたからとて、被害者の相続人たる控訴人らから本訴提起の委任を受けるにつきなんらの支障もないといわねばならない。

なお、被控訴代理人は、祝部弁護士の本件受任行為が許されない一理由として、右受任行為が当然に弁護士法二三条(秘密保持の義務)に違反する旨主張するが、弁護士が秘密保持義務に違反するためには、職務上知りえた秘密があること、その秘密を正当な事由がないのに未だ知らない第三者に知らしめることの二要件を必要とし、その要件の有無は一般的、抽象的に判断できるものではなく、個別的、具体的に判断すべき性質のものであるから、刑事事件の弁護人が当該事件の被害者から訴訟委任を受けた場合であつても、右弁護士に前記二要件が当然に随伴するということはできないので、右受任行為が直ちに弁護士法二三条に違反するとはいえないし、またそのおそれがあるということもできない。

二、前記倉内が被控訴会社の被用者であつたところ、同人が昭和四二年一二月四日、その所有にかかる被告車を運転中、同車を訴外岡野文七に衝突させ同訴外人を死亡せしめたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第九号証によると、右事故は、青森市大字浅虫字螢谷二九三番地先道路上で惹起したものであることが認められる。

三、次に、当裁判所も、本件事故が倉内の前方注視義務違反に基づき惹起したものであると認める。その理由は、認定資料に「当審証人倉内孝雄の証言」を加えたうえ、次のとおり訂正するほかは、原判決の説示するところと同じであるから、原判決の理由中当該部分(原判決理由欄三項)をここに引用する。

原判決理由欄三項の2中、「被告会社業務のため残業をして遅くなつた部下の長谷川邑を自己所有の被告車に同乗させて、被告会社浅虫給油所から青森市花園町の同人宅まで送りとどけて右給油所へ引き返す際、」とある部分を削除し、同所に「部下の長谷川邑を自己所有の被告車に同乗させて、勤め先の被告(被控訴人)会社浅虫給油所から青森市街地まで送りとどけた後、右給油所への帰途、」とそう入し、「対向歩行中」とあるのを「歩行中」と訂正する。

四、そこで、被控訴会社が、本件事故を惹起せしめた被告車を自己のために運行の用に供したものにあたるか否かにつき判断する。

控訴人らは、この点につき、倉内が被控訴会社浅虫給油所ならびに八重田給油所の所長を兼任していたため、その職務の遂行上被告車の利用が不可欠であり、被控訴会社もその利用を黙認または放任していたものであるから、被控訴会社は、自己のために被告車を運行の用に供していたものである旨主張するのであるが、これを認めるに足りる証拠はない。かえつて、成立に争いのない甲第五号証、乙第二号証、原審証人藤田武雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第三、第四号証、原審および当審証人藤田武雄、当審証人倉内孝雄、芳賀一郎の各証言を総合すると、次の事実が認められる。

1  倉内は、本件事故当時、被控訴会社浅虫給油所所長を本務とし、八重田給油所所長を兼務していた。同人は、昭和四二年七月ごろ、青森日産モーター株式会社から被告車を買い受け、青森市大字沖舘字千苅にある自宅と右給油所間の通勤にこれを使用していたが、被控訴会社にはその旨の届出をしていなかつた。被控訴会社では、通勤手当として、自己所有の車両で通勤する社員に対しては月額五〇〇円、国鉄バス等で通勤する社員に対しては国鉄バス定期券等をそれぞれ支給していたが、倉内が被告車で通勤していることを知らなかつたため、同人に対しては三か月に一回、青森・浅虫間の国鉄バス定期券購入代三か月分一一、九七〇円を支給していた。

2  前記給油所の業務は石油類の販売であり、倉内は所長としてその業務を統轄するほか、売上・入金伝票の照合、利益計算、仕入量の決定、不良または大口債務者からの集金、本社との業務連絡等の職務を担当していたが、その性質上必ずしも自動車利用の必要がなく、また、両給油所の所長を兼務しているとはいえ、八重田給油所は、同人方から浅虫給油所へ通勤する途上にあつたから、必ずしも両給油所間を往来する必要がなかつた。

両給油所にはそれぞれ小型貨物自動車一台が配備されており、得意先への商品の配達や集金等に使用されていたが、倉内も職務遂行上必要があればこれを利用することができ、その管理責任はもとより所長たる同人が負つていた。

3  倉内は、本件事故を起すまで被告車を、その職務遂行上使用したことがないとはいえないものの、それは本社に連絡するため使用したこともある程度の極めて限られたものにすぎなかつた。

4  倉内は、本件事故当夜、浅虫給油所の宿直当番であつたが、被告車を運転して長谷川を送りとどけることは、被控訴会社の指示・命令に基づくものではなかつた。(その事情については後に認定するとおりである。)

以上の事実を認めることができ、右認定を動かすに足りる証拠がない。

右認定事実を総合すると、被告車の運行利益および運行支配はいずれも倉内に専属していたものと認めるべきであつて、被控訴会社が、被告車を黙示的にも自己の営業組織にくみいれる等によつて、被告車についての共同の支配権能を有していたものとはとうてい認めることができないから、被控訴会社が被告車のいわゆる運行供用者にあたるということはできない。したがつて、被控訴会社が被告車の運行供用者であることを前提とする控訴人らの自動車損害賠償保障法による損害賠償請求は理由がない。

五、進んで、本件事故が被控訴会社の業務の執行につき発生したものか否かにつき判断する。

控訴人らは、この点につき、倉内は、結婚のため退職する部下の長谷川が事務引継のため午後一〇時ころまで残業したので、所長としての責任からやむをえず被告車を運転して同女を自宅まで送り届けたものであるから、それは、被控訴会社の業務そのものであり、あるいは業務と密接な関連を有する行為であつて、その帰途に惹起した本件事故は「業務の執行につき」生じた事故である旨主張し、前掲甲第五号証(倉内孝雄の司法警察官に対する供述調書)、当審証人倉内孝雄の証言は右主張にそうけれども、長谷川が午後一〇時ころまで残業(勤務時限午後五時)したため、倉内は同女を自宅まで送りとどけたものである旨の部分は、長谷川の退職は昭和四二年一二月いつぱい勤務してから後を予定されており、未だ退職まで二十数日あつて、本件事故当日、あえて労働基準法に反し、最終バスもなくなる右の時間まで残業してやらなければならないようなさし迫つた事情があつたとは認めることができないうえ、右各証拠は本件事故当日の午後七時ころ長谷川を被控訴会社本社で見受けて話しかけた旨の原審証人小寺克子の証言にてらし措信できず、他に右部分を認めることのできる証拠はないから、結局、倉内は長谷川の帰宅に際し、全くの好意から被告車に同女を同乗させて青森市街地まで送りとどけたものと認めるよりほかはない。

してみると、前項で認定のとおり、被告車は、倉内個人の所有であつて被控訴会社の所有に属するものではないうえ、倉内が通勤の便宜のため使用していたものであつて、そのほか、石油類の販売を営む被控訴会社給油所の所長としての職務遂行の必要上、通常これを利用していたわけでもないから、倉内の右行為は、いわゆる普通の社員たる自家用車族が全くの私用のため自家用車を運転中、事故を惹起した場合と同視すべく、被控訴会社の事業の執行とは無関係というべきである。

かりに本件事故の際の運転が、控訴人ら主張のとおり、倉内が残業で遅くなつた長谷川を自宅まで送りとどけての帰途のものであつたとしても、右送りとどけることが被控訴会社の指示・命令によるものであるとは認められない本件においては(原審証人藤田武雄、当審証人芳賀一郎の各証言によると、むしろかかる場合には、被控訴会社では会社負担によるハイヤーを利用することになつていることが認められる。)、倉内の右行為をもつて、その職務執行の範囲内に属するものとはいえない。

したがつて、本件事故が被控訴会社の業務の執行につき発生したことを前提とする控訴人らの民法七一五条による損害賠償請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

六、以上のとおりであるから、控訴人らの被控訴会社に対する本訴請求はいずれも失当であつて、これを棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 羽染徳次 田坂友男 丹野益男)

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